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10/22 民研公開合同研究会:3.11東日本大震災以後の教育を考える(2)に参加して

 12月の「第20回全国教育研究集会」に向けた「プレ集会」として、10月22日、民研公開合同研究会「3.11東日本大震災以後の教育を考える(その2)」がひらかれました。準備されたレポートは東京の教職員の三浦真岐子さんの「災害ボランティア行動に参加して考える」、兵庫県震災復興研究センターの出口俊一さんの「阪神・淡路震災復興の教訓−神戸からの提言」、和光大学の梅原利夫さんからは「巨大複合災害と日本教育の復興」の重量級3本。参加者32名の熱心な討議にを含めて、大変有意義な集会となりました。ここでは、お二人の参加者からいただいた感想・ご意見を掲載します。

起こってしまったことから学ぶことと
悔いないためにやりたいこと

金馬 国晴(横浜国大)

「教師の仕事は子どもの生命を預かることだ」と改めて認識させられた、という発言(糀谷先生)に、この合同研究会に参加した先生方の共通認識が表わされていたのだろう。エピソードとしては、ある先生が親から「うちの子の命を守ってくれてありがとう」と言われた話、子どもたちと震災直後の数日間を暮らした先生の話が語られた。そういう想いを日常的にもっていたい、私たち教師の役割の重さを受け止めたい、という発言であった。

そうなると、三浦報告でも梅原報告でも話題となった大川小学校が気になってくる。

梅原先生とともに私も、10月上旬、民研「教育課程」委員や日生連の数人で石巻市に入り、その学校跡にも訪れた。夕暮れの下、円形が多用された白とエンジのしゃれた校舎。だが近寄っていくと、所々にぽっかり穴が空く。窓枠が無くなっただけでなく、ガバッと広がっている。夕方だからかもの悲しかったが、翌朝通り過ぎても重苦しく見えた。

学校名の札を貼った門壁が慰霊碑にしてあり、花やお菓子がいっぱい手向けられていた。その中に、大きな手紙が2枚掲げてあり、ある女の子に呼び掛ける絵入りのものだった。

3月11日にいたうちで、児童108名中74名と、教師11名中10名が亡くなったか行方不明になり、非難の的ともなってきた学校だ。なぜ避難が遅れたか。今研究会では、マニュアル通り子どもたちを待たせたのではとの質問もあったが、実は市は、津波の到達を予想せず、かつ避難所に指定し、しかも校長も出張中の中で、先生たちは押し寄せた親や約200名の地域住民に対応しなければならなかった。そんな中、先生方は地域住民と議論して、数十分後にやっと、高台に上がる判断ができたときいた。だが移動した三角地帯という場所は、訪れて見ると、高台とは言えない高さであり、あふれた川にかえって近かった。

では、裏山をなぜ選ばなかったかとも言われ、研究会でも話題となった。だが現地に行った眼からすると、登らないと決めた訳も分かった。樹がうっそうと茂り、道もよく探さないと見えない。果たして地域住民と合わせて300名以上が全員登り切れ、滞在できたのか。木が倒れたかも、雪で足が滑るかも、とも心配したそうだ。来て見て分かった。

今、You-Tubeなどで改めて、津波の映像を見た。大川小の光景に重ねて。不気味にゆっくり押し寄せるとてつもなく大量の水。というか河面・海面が上がって迫ってきたのだ。あふれ来た大川に押し流されて、子どもも大人もこの学校の校庭や校舎の中に流し込まれ、溺れ死んでいったと思うと・・。校舎の重苦しい雰囲気は、ここに発していたのだろうか。それどころか、NHKで、生還した男の子の証言もみたが、木やコンクリートなどいろんな物が一緒に流れ込んできて、「当たったら死ぬ」と思ったと言う。

一方、研究会でも発言したが、別の全壊地区にあった雄勝中学校の子たちは帰宅していたが、一人残らず避難して、数日後に「全員無事」が確認されたという。校長先生も奇跡と語られていたが、なぜかは調べきれていない、だがサイレンや、何より地域住民の声かけがあったからと予測だけされていた。三上先生も発言されたように、教訓化が要る。

研究会の議論では、「学校と地域社会の関係」こそ研究課題、との方向で一致を見た。

今回は、私にとっては、震災や、原発、自然エネルギーも含めて40件目のシンポ・講演会だった。なぜここまでこだわるか。一言でいえば、後で後悔したくない、ということもある。原発の危険性と自然エネルギーの可能性を知りもしなかったことなどだ。

この会に、私のゼミ科目を履修しているだけの院生も参加した。ある有名なNPOのボランティアに、自ら連絡をとって参加したが、ふりかえりが不十分だったと言っていた。学生たちを研究会につなぐのも、大学教員として、悔いないための仕事だと思えてきた。

自分の方は、梅原先生も、堀尾先生も注目すると言われた雄勝小に、私も注目したい。出口報告でも期待が言われたまさに「復興」学習に、総合学習で取り組んでいるからだ。全国交流集会の第二分科会「3.11以降の教育実践と教育課程」で、雄勝小の徳水博志先生が報告されるが、その直前に横浜国大にもお招きする。そうした「つなぎ」も、大学教員ができることだと思って。

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東日本複合大震災後の教育を考える

鶴田 敦子(教科書プロジェクト)

はじめにー防災・エネルギーと教科書

震災と地震による原子力発電所の事故(以下原発)が起きた時、筆者は、かかわっている家庭科の教科書で、防災や、エネルギーについてどのように記述しているかを改めて点検することになった。日常生活を対象にして学ぶ家庭科は、「住居」学習のところで、耐震構造や室内での耐震対策等の防災について、また、「消費・環境」の学習のところで、諸エネルギーと生活および環境の関係についてみつめ、今後のライフスタイルを考えるという内容を位置づけている。結果は、阪神大震災をとりあげ、防災やエネルギー問題をとりあつかってはいるが、この度の人類史上屈指の出来事への対応という点からみると、内容も頁数もすこぶる不十分なものであった。そこで、来年度から新しく使用することになる中学校の教科書については、震災を踏まえて新たな修正を希望したものの、検定後ということもあって微修正しか許されなかった。今回の重大な出来事について踏み込んだ記述のない教科書が来年、中学生に渡ることについて責任を感じると同時に、今後、私たちはこの複合大震災(筆者は3.11の出来事を、津波による被災と放射線による被災の二つがあることを明確にする意味で複合という言葉を敢えて使用している)を教科書はどのように記述していくかという重要な課題を背負っていると思っている。

(1)複合大震災(以下大震災)後の教育に関する本研究所の取り組みについて

3.11以降、一時、思考停止のような状態に陥った方も多いと聞く。筆者もその一人である。且つ、大震災以後の教育の課題を思いめぐらしたが、道が見えず、ようやく自分なりの形がみえてきたのが9月頃であった。それは、これまでの筆者の思考の習性(教育学の専門家の発言を吟味して、それから自分の関係する分野での教育論を構築してきた)に一因があることを反省を込めて述べておかなければならない。

大震災以後、本研究所では『人間と教育』や「3.11東日本大震災以後の教育を考える公開研究会(5.11)」や、『民研の窓』(民研HP 2011.9月)で、震災以後の教育の課題について発言が行われている。また、「第20回全国教育研究交流集会の概要と今後の予定(9.3)」(以下、「交流集会の文書」)についての文書(9.3)の中でもそれが検討されてきている。筆者はこれらを待つようにして読ませていただいた。多くの研究者達が被災地に出向き直接的な見聞からの様々な具体的な提起をされていることは重々わかるが、では、今後の教育全体について、それらが何を提起しているのか、筆者の理解不足からか読みとることはできなかった。あるいは、今後の教育の課題は、交流集会等の参加者で徐々に深めるということであるのかもしれないが、筆者の理解を妨げたのは次の点にもあるように感じている。

一つは、今回の複合大震災という出来事とその後に判明した様々な事柄を見渡して今後の教育課題を考える時、政府や企業や文部行政等の批判とは別に、民主的な教育研究と実践を標榜してきた側で、これまでの何を是とし何を問題にしていくかという、一般的でシンプルな問いの立て方が見えない点にある。せめて「民研の研究と活動を根本から問い直し………」(「交流会の文書」)という文言が出された背景の議論を紹介して欲しかったように思う。

もう一つは、放射線汚染は、少なくとも現時点では、程度の差はあっても、福島県の問題のみならず東日本全地域の問題(やがてが日本全体と世界への広がりが懸念される)であるというとらえ方が見えない点にある。人の健康と命について言えば、福島の住人へは差し迫った解決が求められている。また、それ以外の地域の住人も被災の当事者であり、東日本の小さな子どもを抱えている親たちは不安の中で生活している。しかし、本研究所の諸論文からは、子ども達が今後、健康で生き続けるための教育を視野に入れているのかどうか曖昧のように思うからである。

そういう思いで、筆者は10月22日の公開研究会に参加した。三浦氏・出口氏・梅原氏の各報告は非常に具体的であり、これまでの筆者の疑問を、概ね、払拭するものであった。ただ、梅原氏の提案された放射能(線)に関する教育とはどのような内容かという点では、今後十分に深めていく必要があると思っている。

(2)複合大震災後の教育課題について

今後の教育の課題は、様々な点から、深める必要があると思う。以下、十分に深めたものではないが、教科書プロジェクトでの若干の討議を参考にしながら、教育課程および方法という点から、筆者が今の見解を簡単に述べておくことにする。教育課題は、「命が奪われ安全が脅かされた」かつ「その危険性が継続する」という事実を前に何をすべきかを、具体的(・・・・・)に(・)考える(・・・・)視点(・・・)は抜かせなと思う。以下はその具体例である。

1)自然災害から命を守り生活を復興させるためのカリキュラム

日本は、地震だけでなく台風など常に自然災害に見回れる地盤と気候の中に住んでいることを再認識しそれを前提にした学校カリキュラムを提案することが今後の教育課題の一つにはならないだろうか。これまでも防災訓練・防災教育は行われてきており、教科外活動のみならず、教科においても、家庭科のみならず保健にも防災教育の内容が導入されてきている。今後は、自然科学・社会科学を裏付けにした災害への理解と実際、さらに復興の在り方も含め、学校教育の中に「災害から命を守る教育」「防災と復興の教育」を正当に位置づける方策を議論する必要があるように思う。筆者は、それを、「今、求められている実学」として議論していきたいと考えている。それは教育学における「生活と教育の結合」あるいは「科学と教育の結合」の内実を検討することであるかもしれない。

2)民主主義が生きる社会にするための学習

原子力発電の破壊事故は、非民主主義の数々の行為によって原子力発電が推進されてきたことを浮き彫りにし、非民主主義社会は国民にとてつもない負を招くということを改めて知らしめたと言える。私たちは、民主主義が通用する社会にするために、引き続き、そして、改めて大震災後の教育課題の一つとして取り組む必要があると思われる。具体的には以下が考えられる。

①多様な意見から自主的に判断する学びがある教育方法・教材へ転換すること。そのためには両論併記の教科書への転換もその一つであるように思う。
②政治教育に取り組む

一つの案件への異なる意見・多様な意見を常反映させるシステム、つまり政治的公共圏をどのように形成していくかの検討や政府行政から独立したオンブズマン的な組織の常設などは、必須の課題であるように思う。それには、子どもの時から、社会や政治に関して、広い視野からの情報を得て自立的に判断する力量の形成=政治教育なくして不可能のように思う。政治は生活そのものすべてにかかわっている。

3)食物(含む水・空気・土壌)の安全を求める消費者としての学習(消費者教育)

人は一部の例外を除いて、全ての人が食物(モノ)を購入しなければ生きられない消費者である。放射線に汚染された食物という問題は、生産者に問題解決を求める事柄でもない。両者が共通の苦しみの中におり、両者が意見を出し合い、両者が納得し、生産者とつながる消費者教育を創造的に編み出す必要がある。具体的には、
1)誰でもが、自然科学・技術と社会科学の両面の基礎知識をもつことを基礎教養とする
2)正確な情報を求める権利の行使へ向かえる消費者を育成する
3)安全な食生活に向けて知恵を出しあう交流する 等々。

与えられた紙面を既にオーバーしてしまっている。これらについて、やや詳しくは、11月発行予定の『家庭科研究』を参照いいただければ幸いである。

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