渡辺 顕治(民主教育研究所・事務局長)
「3・11東日本大震災」は私たちに何を提起しているのか。民研運営委員会は何度かの公開研究会をもって論議を重ねています。10/22には、 阪神淡路大震災とその後の復興への取り組みの教訓から多くを学びました(出口俊一報告)。住民の普通の生活を取り戻すことが、何よりもまず、復興の大前提である。「創造的復興」の名のものとでいかに多くの住民が地域の生活から追い出されることになったことか。そんな「復興政策」を繰り返してはならないという兵庫の教訓は切実なものでした。
また、被災地にとどまらず、日本全体の教育において子ども達に真に、生きる力の獲得を保障してきたのか。被災の経験で検証されたものを明らかにしながら、何こそが生きる力であるのか。「教育復興」は「人間復興を基本軸に」(梅原利夫報告)という提起もありました。
今、野田政権は災害復興の目鼻も付かぬ中で、沖縄・普天間基地の辺野古への「移設」、環太平洋連携協定(TPP)交渉への参加を遮二無二に追求しています。それは沖縄の苦しみを拡大・固定する道への猛進であり、被災地を含め日本の農業、医療、保険などにアメリカの力を招き入れ、ある面では「壊滅的打撃」をもたらす道への選択ではないか。想定される政治災害です。
かつて大企業(輸出企業)が潤えば、周りはそのおこぼれで潤うという学説がありました。原発安全神話ならぬ〈おこぼれ〉神話です。しかし、それは破綻しています。一方の極(1%)への「富」のため込みは、他方の極(99%)での「貧困」の蓄積が実態です。その格差は、この間、顕著にすすんでいます。「アメリカ」と「大企業」を守って〈おこぼれ〉を期待する政治はもうごめんです。そもそも、日本列島全体を《不沈空母》に改造し、産業的にも軍事的にもそのおこぼれに従属する仕組みにつくり変えてきた政治が今回の原発災害を含む大災害の苦しみ、悲しみの背景に横たわっているのではないでしょうか。
今回の災害の、広域、巨大、複合災害は単なる自然災害ではありません。福島原発災害は、安全神話で結ばれた原発共同体が生み出した政治社会災害です。原子力エネルギーの「平和利用」はアメリカの要求でした。政権党は国策として受け入れました。電力会社、大製造会社、ゼネコンが結びつき、その利益を代弁する政治勢力、官僚、そして、学会、マスコミが、原発擁護・推進の大権力的支配システムを作り上げ巨額の国家予算を貪ってきました。原発批判勢力は徹底的に排除されました。「原発設置」以外の地域でも自治体固有の住民の生活福祉教育文化にかかわる公の事業の見直し、縮小削減、統廃合、市場化が進み、派遣労働など不安定雇用が拡大され、自治体の住民生活への対応力が弱められました。こうした事情は災害を広げ、復興復旧支援を遅らせ、妨げる要因にもなっています。政治社会災害の一つです。復興はこうした過程からの脱却が不可欠です。
巨大複合災害からの脱却は、地域復興であるとともに人間復興の取り組みです。それは、災害のあらゆる現場に、日本列島全体に、民主主義の力を行き届かせ、内外に、あたらしい人々の共同を作り出していく取り組みの一環になるのではないでしょうか。
教育・子育ての実践と研究に携わるものとして、生活を支える地域の経済活動そのもの 再生の取り組みから、エネルギー政策、税の取り方、冨の配分、さらに、教育、文化、福祉政策の在り方、およそすべての生活の過程とその基盤において、子どもたちの生存、安全、安心と成長をこそ根本的に支える条件と仕組みを自治体、国家レベルでどう作っていくのか。その具体的な実践と研究の取り組みの交流を通し、課題を共有する輪を広げたいと思います。
第20回全国教育研究交流集会に向けて、人が人として育つ人間的生存の環境と地域をとり戻すために、住民主体の復興、住民自治の力と深く結びついた教育復興のすじ道の探求に英知を絞り、交流したいと思います。
民研賛助会員のみな様をはじめ研究委員ほかたくさんの方々のご参集を心から呼びかけます。各地からさまざまに個性的な闘いと研究を持ち寄り下さい。
スウェーデンの地と日本の山口県の島、「祝島」とをつなぐ脱原発・自然エネルギーへの挑戦、映画「ミツバチの羽音と地球の回転」の鑑賞から、交流集会は始まります。






